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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)138号 決定 1956年4月17日

抗告人 株式会社甲州青果市場

訴訟代理人 帯野喜一郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は別紙記載のとおりであって、これについて当裁判所は、次のように判断する。

一、本件競売建物について、甲府地方裁判所から評価を命ぜられた鑑定人植松光忠は、本件建物の現場について調査した結果、これを金二十四万円と評価し、同裁判所は、右評価額を以て最低競売価額としたものであるが、右鑑定人のなした評価が特に低廉である事実は、何等これを認めるに足りる資料がない。してみれば右の評価は妥当であると解するの外なく、また鑑定人は評価の根拠を評価報告書に記載する必要はないから、原裁判所が、右評価額を以て最低競売価額となしたことを非難することはできない。

二、本件記録によれば原裁判所は競売開始の決定をした後、租税その他の公課を主管する官庁に対し、これを通知し、その不動産に対する債権の有無限度の申出を催告したところ、債務者小池二三につき、

(一)  甲府税務署長は、昭和二十五年及び二十七年度の所得税滞納金額合計金十三万九千三百六十五円

(二)  山梨県甲府県税事務所長は、昭和二十七年度から二十九年度までの事業税滞納金額合計八万七千九百三十七円

(三)  甲府市長は、昭和二十七年度から二十九年度までの市民税及び固定資産税滞納金額合計四万六千六百九十九円

の各交付要求をしたことを認めることができる。

右公租公課はいずれも、他の債権に先だつて徴収せられるものであるから、(国税徴収法第二条、地方税法第十五条)民事訴訟法第六百五十六条にいわゆる差押債権者の債権に先だつ不動産上の負担に該当し、裁判所は最低競売価額では、これら滞納金額及び手続費用を弁済すれば、差押債権者に交付すべき金額を生ずる見込がないと認めたときは、差押債権者にこの旨を通知しなければならない。

そして右通知にあたり、これらの負担の内容、金額等の要領を通知書に記載することは、差押債権者が、これに応じ直ちに同条第二項所定の措置を採ることができるために甚だ望ましいことではあるが、これら負担は、いずれも記録上明白になつている事項であるから、差押債権者は記録について、その内容、金額等の詳細を知ることができ、一方法律もまたこれら負担の内容、金額を通知すべきことを命じていないから、甲府地方裁判所が「最低競売価額金二十四万円をもつて差押債権者に先だつ不動産上の総ての負担及び手続の費用を弁済するに剰余がない」旨を通知したことを以て違法とすることはできない。

三、前記滞納にかかる公租公課の交付要求は、(一)所得税については国税徴収法施行規則第二十九条、(二)事業税については、地方税法第七十二条の七十一、昭和二十九年五月十三日改正以前の同法第七百七十条、(三)市民税について地方税法第三百三十四条、固定資産税について同法第三百七十六条に基いてなされたものであつて、民事訴訟法第六百四十六条に基いてなされたものではないから、裁判所は同法第六百四十七条によりこれを利害関係人に通知することは必要ではない。

従つて原裁判所が、抗告人において、同法第六百五十六条第二項の申立及び保証を立てないことを理由に、競売開始決定を取り消し、抗告人の強制競売の申立を却下したのは相当で、本件抗告は理由がないから、主文のとおり決定した。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 高井常太郎)

抗告の理由

一、本件不動産は木造亜鉛メツキ鋼板葺弐階建居宅一棟建坪一五坪二合五勺外二階八坪七合五勺で総建坪二十四坪であるところ、最低競売価額は金二十四万円であるから一坪の価格金一万円であるが右不動産の評価はなにを根拠となしたものか不明であるし、常識的にも最低競売価格としては納得のできないものである。

二、しかして、原裁判所は右評価額を以つて最低競売価額とし、差押債権者に先だつ不動産上の総ての負担及び手続の費用を弁済して剰余ある見込がないとし、民訴法第六五六条第一項の通知を債権者にするに及んだものであるが、法に謂うところの総ての負担及び手続の費用とは如何なるものであるかを明かにせずしてなした右通知はその効なきものである。

三、更に不動産上の総ての負担として本件の場合を考えると公租主管官庁よりの本件不動産に対する債権として申出たる額が前記評価額即ち最低競売価額を超過することを以つて民訴法第六五六条第一項所定の通知をなしたものの如くであるが、右官庁の申出た額の総が本件不動産に対する債権であり、負担なりやは不明である。又国税その他の公課債権は、納税義務者たる債務者の総財産の上に先取特権を有するものにしても、右主管官庁の申出は配当要求の一種と解すべきであるから右申出のある場合はこれを債権者抗告人に通知すべきであるのに漫然不動産上の負担となしたのは違法不当である。

四、従つて抗告人債権者が民訴法第六五六条第二項所定の申出をしなかつたとしても、原決定の如き裁判をなすべきではないのにこれをなしたものであるから原決定は取消さるべきである。

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